かな書道の基礎知識[桟敷東煌:2020.10.10]

①筆について

中国の周という時代の金文には既に「聿」という字があり、軸に獣毛を束ねて取り付けたものを、手に持っている象形文字です。
これに、竹管を用いるようになって現在の「筆」という字ができています。
 しかし、文献を紐解くと「史記」や「博物志」、「文房四譜」では、秦の蒙恬将軍が作ったということになっています。
 ところが、近年の発掘により「長沙筆」が発見され、少なくとも周時代直後の戦国時代には筆が実在したことが明らかになっています。
 これ以前の時代としては、筆自体で現存するものは発掘されていませんが、殷時代の甲骨文も筆で書かれたものではないかと思われるものが多く残されています。
 いずれにしても、芯に硬い毛をおいて外被に兎毛や羊毛を用いる、現在の筆の形体は、紀元前300年頃には出来上がっていたことが解ります。
 筆は、穂の長さによって「長鋒」「中鋒」「短鋒」という、大まかに3種類に分類されます。
また、小筆においては穂の形状によって「面相筆」「雀頭筆」などと呼ばれるものもあります。


②筆の持ち方

筆は、右の絵のように持ちます。
凡そ箸の持ち方と同じですが、以下の注意点が必要です。
・人差し指の第2関節が、手の甲とほぼまっすぐに上げること。
・人差し指の指先から第2関節までをほぼ真直ぐにすること。
・筆管が、人差し指の第2関節の裏に当たるようにすること。

最初は、大変持ちにくいし、力が入ってしまうことと
思いますが、今後の上達の為に、頑張って習得して下さい。

※「鈎」… ひっかけるという意味


③墨ついて

墨という字は「黒」と「土」の合字です。昔は天然に産出する石墨を使用しており、これは黒鉛で、現在は鉛筆として使用されています。
 約2000年前の漢の時代には、丸薬状の小粒の墨を、漆や膠ですり潰し、もしくは練って使用していたと思われます。私達が現在使用している墨は「すす」を「膠」で固めたものですが、この形状になったのは三国時代の初め頃であると推定されます。
 練り固める際に、麝香などの香木や防腐剤を混入して、更に品質を高めていますが、墨を磨った時に薫るのは、この香木のおかげです。


④墨の磨り方

墨は、ただ水を入れて磨るだけで書くことができますが、以下のような磨り方をお薦めします。
先ず、硯の海の部分に水を張ります。そして、岡に2~3滴だけ。濃く磨った岡の墨と、海の水とを乾いた所で合わせながら濃さと墨量を調節します。
 墨は軽く持ち、「の」字を書くように円く磨ります。慌てなくとも2~3分あれば十分でしょう。決して、ガリガリゴシゴシ、力を入れて磨ることの無いように。
 底光りするような黒の輝きを求めるならば、この方法は非常に効果的であるし、水墨画のように墨色を調整するのにも都合の良い方法です。ただ、熟練が必要なため、諦めずに時間を掛けて覚えて下さい。

 


⑤紙について

紙は、後漢の蔡倫が発明したと伝えられています。
当時は、古い魚網や麻布を用いて紙を漉く方法でしたが、現在の紙と比べると大分粗雑なものであったでしょう。それでも、竹片や木片、布、皮などに書かれていたこととは比較になりませんし、2500年前程前に発明されたパピルスと比較しても画期的な発明であったと言えます。
 原料となるのは主に「麻」「穀(楮コウゾ)」「斐(雁皮)」で、後に「三椏(みつまた)」が用いられるようになりました。中でも雁皮はオールマイティーで、単独でも使用しますが、麻紙にも楮紙にも三椏紙にも混入され、叩解(コウカイ…叩き潰す)する時に発生する粘性によって紙を定着させます。中国産のものの多くは楮紙で、雁皮が日本の特産であるために代わりに檀皮を用います。しかし、雁皮ほどの粘性は無く、耐久性においては和紙には敵いません。主な産地は宣州で、今では中国製の紙を、広く雅宣紙と呼んでいます。
 つまり、和紙の多彩さは雁皮の特性によって支えられており、最も重要な主原料であるため、現在は世界中でこれに代わりえる原料が探されています。雁皮が多く混入された紙は滲みが少なく、そのまま筆で文字を書くことに向いていますが、中国製の紙や混入量が少ないものは滲みが出るため、表面に滲み止めの加工を施します。これを加工紙と呼びます。